公園内の戦跡は沖縄戦最大の激戦地であり、終焉地である。1945年(昭和20年)5月、アメリカ軍の攻撃により、首里(那覇市)にあった日本軍司令部は、この沖縄本島南端部(島尻)に撤退した。狭い島尻には、南下侵攻する米軍から避難する一般住民と撤退・抗戦する日本軍の軍人が混在し、パニック状態に陥った。日本軍による組織的抵抗は、同年6月23日に司令官・牛島満中将が摩文仁の司令部壕で自決したことにより終了したが、アメリカ軍は翌7月初めまで掃討戦を続けた。
沖縄県は日本軍の組織的抵抗が終了した6月23日を「慰霊の日」としている。例年この日には、摩文仁の平和祈念公園で、県主催の沖縄全戦没者追悼式が行われる。
公園内の慰霊施設等
沖縄戦跡国定公園には、多くの慰霊施設・慰霊碑・慰霊塔がある。慰霊碑・慰霊塔の数は、主要なものだけでも100余にのぼる。
平和祈念公園
国定公園内の東部、糸満市摩文仁(まぶに)地区に所在。付近一帯は摩文仁の丘とも呼ばれる。園内には、平和祈念資料館・沖縄平和祈念堂・国立沖縄戦没者墓苑・平和の礎(いしじ)・黎明之塔などの慰霊・平和祈念施設がある。式典会場や駐車場などの付属施設もある。
平和祈念資料館
平和祈念資料館は、「第二次世界大戦で貴い命を失ったすべての人々に哀悼の意を表すとともに、悲惨な戦争の教訓を後世に伝え、世界の恒久平和の実現に寄与するため」に平和祈念公園内に設置された資料館である(沖縄県平和祈念資料館及び平和の礎の設置及び管理に関する条例1条)。 1975年(昭和50年)に開館した。 沖縄戦に関連する軍関係文書や個人所蔵の文書、ひめゆり学徒の手記などが収蔵・展示されている。 館内の展示は、「沖縄戦への道」、「戦場の住民」、「証言の部屋」、「収容所から」の4部で構成される。証言も聞ける。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
沖縄戦跡国定公園、一度行ってみたいです。
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